広島地方裁判所 昭和49年(ワ)585号 判決 1976年7月15日
原告
木村憲
被告
川野功二
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告に対し八一八万四九一八円及びこれに対する昭和四六年一一月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決
仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決
第二当事者の主張
一 被告らの本案前の抗弁
原告は被告らを相手方とし、本件交通事故による損害賠償を求めて広島地方裁判所尾道支部に訴を提起して確定判決を得たものであるところ、本訴における損害賠償請求は、右前訴における請求と訴訟物を同じくするので、本訴請求は許されない。
二 被告らの本案前の抗弁に対する原告の反論
原告の前訴における請求は本件事故後二か年間の逸失利益と慰謝料を対象としたものであるが、本訴における請求は、その後である昭和四六年一一月一一日から就労可能期間満了までの後遺障害による逸失利益を対象とするもので、両請求は訴訟物に同一性がなく、前訴確定判決の既判力は本訴に及ばない。
三 請求原因
昭和四三年七月二八日午後零時四〇分頃、原告が同乗していたタクシーが、尾道市西久保町西国寺大門附近道路上で左折するため停車していたところ、被告功二の運転する同輝己所有の普通乗用自動車(福山五さ九四〇〇)が追突した。そのため原告は頸椎損傷等の傷害を負つた。
(二) 本件事故は、被告功二が加害者を運転するにあたり、前方注視を怠つた過失によつて発生したものであり、同輝己は加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたから、被告らは原告が本件事故によつて豪つた損害を賠償すべき責任がある。
(三) 損害
1 原告は本件事故当時、貨物自動車運送事業を営むほか中国建設株式会社等の経理事務にたずさわつていた。原告は昭和四六年一一月一一日後遺障害の認定を受けたが当時四三歳であつた。
原告は右運送業を営むにつき、道路運送法所定の免許をうけていなかつたので、同事業及び右経理事務による収益を本件損害額算定の基準とすることなく労働省作成昭和四七年六月分賃金構造基本統計調査報告の産業計企業規模計四〇歳ないし四九歳の男子労働者の現金給与額月一〇万九七〇〇円、平均年間賞与その他特別給与額四〇万一一〇〇円を右損害額算定の基礎とする。
2 原告の就労可能年齢は六三歳とみるのが相当である。
3 原告は本件事故によつて頸椎損傷・右腕神経嚢不全麻痺、言語障害の後遺障害を受け、そのため労働能力を三五%喪失した。
4 以上の事実にもとづき、ホフマン式計算法によつて、原告が右後遺障害によつて受けた昭和四六年一一月以降の損害額を算出するとそれは次のとおりとなる。
171万7500円×35/100×13.616=818万4918円
(四) よつて原告は被告ら各自に対し、八一八万四九一八円とこれに対する原告が前記後遺障害の認定を受けた日である昭和四六年一一月一一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 請求原因に対する認否
請求原因事実のうち(一)、(二)を認め、その余は争う。
五 抗弁
本訴請求は不法行為にもとづく損害賠償債権を対象とするものであるところ、同債権は昭和四三年七月二八日発生し、原告は同日からこれを行使しえたから、右債権は本訴提起前時効によつて消滅したものであり、被告らは、本訴において右消滅時効を援用する。
六 抗弁に対する答弁と再抗弁
(一) 原告は、後遺障害を原因とする本訴請求にかかる損害については、前訴の口頭弁論終結当時これを知らなかつたし、またこれを予測し得なかつたものであり、昭和四六年一一月一一日医師の後遺障害及び等級七級の認定を受けて始めてこれを知つた。従つて本訴請求にかかる損害賠償請求権の消滅時効は同日から進行をはじめるものというべく、したがつて本訴提起当時右時効はいまだ完成していない。
(二) 被告輝己は、昭和四七年二月一九日訴外日産火災海上保険会社に対し、同会社が原告に対し自賠責保険金を支払うことについて意見がない旨意思表示し、原告は昭和四七年四月右保険会社から自賠責保険金六七万円を受領した。このことは被保険者である同被告が被害者である原告に右保険金と同額の損害賠償金を支払つたうえ、保険会社から右保険金の支払を受けたのと同視しうるものというべく、このことによつて同被告は原告に対する本件後遺障害による逸失利益の損害賠償債務を承認し、あるいは時効の利益を放棄する意思表示をしたこととなる。
第三証拠〔略〕
理由
一 原本の存在及び成立に争いのない甲第九号証によれば、原告は被告らを相手方として、本件事故によつて原告が豪つた損害の賠償を求めて広島地方裁判所尾道支部に訴を提起し(同庁昭和四四年(ワ)第一三九号損害賠償請求事件)、一部勝訴の確定判決を得たが、右訴において原告は、得べかりし利益の喪失による損害については、事故の日である昭和四三年七月二八日から同四五年七月二七日までの二か年間のそれのみを請求したものであることが認められるところ、一個の不法行為によつて生じた財産上の損害のうち特定の一部の損害についての確定判決は、その一部の損害と明らかに区別できるその余の損害についてまで既判力を及ぼすものではないから、右前訴の確定判決の既判力は、原告が昭和四六年一一月以降の逸失利益を損害としてその賠償を求める本訴に及ばないものというべきである。
二(一) 本訴請求の対象である損害は後遺障害による稼働能力の一部喪失を原因とする逸失利益に関するものであるところ、成立に争いのない甲第二、三、四号証、前顕甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば次のとおり認められ、成立に争いのない甲第五号証及び原告本人尋問の結果のうち次の認定に反する部分は措信できない。
すなわち、原告の後遺障害については、その等級の認定はさておき、昭和四五年中には症状が固定し、右手指振額、特に小指球筋群、背側骨間筋群の強度の麻痺萎縮のため右示指小指の内転不能、右手の巧緻運動の不能、右前腕、上腕、肩関節外転筋の筋力の半減、握力右一二瓩、左三〇瓩の後遺症をのこしたものであり、それに基づく得べかりし利益の喪失については、原告として当時すでにそれを知るかまたは予見しえた。
以上のとおり認められる。従つて、原告は遅くとも昭和四六年一月一日には右後遺症に基づく損害賠償の請求をなし得たものであり、右請求権の消滅時効は同日から進行を始めたものというべきである。
(二) 時効中断原因である承認は、時効の利益をうける者が、時効にかかろうとしている権利の存在を認識している旨をその権利主体に表示することをいうものであるところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証の二によつて認められる被告輝己が昭和四七年二月一九日自動車保険料率算定会自動車損害賠償責任保険広島調査事務所宛本件事故及び予定損害賠償額に対して意見はない旨回答したことは、同被告の時効にかかろうとしている権利の存在を認識している旨の表示とはいいえないのみならず、権利主体である原告に対してなされた表示ともいえない。
次に、時効利益の放棄は、時効完成後に時効利益を受ける者から権利主体に対してなされるべきものであるところ、被告輝己の前記意思表示はこれに当らない。
そのほか、被告らの承認または時効利益の放棄を認めるに足りる証拠はない。
(三) なお、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲についてのみ生じ残部には及ばないものである。
(四) 以上の次第で、本訴請求にかかる原告の損害賠債請求権は、昭和四六年一月一日から三年を経過したことによつて時効消滅した(本訴の提起はその後である昭和四九年八月二九日である)。
三 よつて、原告の本訴請求は、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中原恒雄)